東京高等裁判所 昭和52年(う)1703号 判決
被告人 早渕薫
〔抄 録〕
被告人の本件絞頸行為が被害者の性的満足をはかるため、同人の要求、承諾にもとづいて行われたことは証拠上明らかであるが、性交中において双方が合意したうえ、或は相手方の承諾を得たうえで行われる、いわゆる加虐行為としての暴行や傷害あるいはこれによる致死の結果について違法性が阻却されるためには、単にそれが被虐者の承諾、嘱託にもとづくというだけでなく、その行為が社会的に相当であると評価されるものであることを要するところ、関係証拠によれば、本件においては、被告人は被害者と情交中、仰向けに寝ている同人に馬乗りになり、バックル付きナイロン製バンド(東京高裁昭和五二年押第六一八号の一。長さ七八・五センチメートル、幅一・五センチメートル)をその首に巻きつけて前頸部で交差させ、両手で左右に引張り同人の頸部を絞めつけたこと、そして右状態で情交しながら約一〇分間頸部を絞め続けるうちに、同人は射精するに至ったが、その後なおも興奮状態にあった被告人は、自己の性的満足を得るため、さらに約五分間にわたって力をゆるめずに同人の頸部を絞め続けたこと、しかも頸部緊縛の程度も、情交中のことであるから一定せず、一時的には弱まったこともあると思われるが、概して被告人としてはかなり強い力を加えていたものであり、これにより被害者は頸部に表皮剥脱、皮下出血のほか、筋肉出血をも負っていること、また、被害者は右絞頸により、血液中の酸素量が漸次減少し、脳機能が低下して意識混濁が生じ、自ら生命の危険を的確に認識判断することができない状態のまま、酸素欠乏が持続して窒息死するに至ったこと、一方、被告人も被害者からは何ら苦痛の表明がなく、自分自身は性的興奮の状態にあったことから、被害者が死に瀕していることを察知できないで同人の頸部を絞め続けたことが認められるのである。
以上の事実に徴すれば、性行為中における本件絞頸行為は、その客観的態様に照らし、被害者を窒息死せしめるおそれが強く、しかも被害者及び被告人において、その危険性の認識、判断を欠如するか、或は稀薄にしかもちえないことを通常とする点において、生命侵害の危険性はさらに強まるものと考えられるので、かかる絞頸行為が社会的相当行為として許容されないことは、明らかといわなければならない。
したがって、本件絞頸行為は社会的相当性の限度を超えるものであるから、被害者の承諾によるものであっても(もっとも被害者が性交するに際して、射精をするため前掲の方法により自己の首を絞めるように依頼したことは明らかであるが、射精後も被告人がなお五分間首を絞める行為についてまで承諾したかどうかは、未だ疑問といわざるを得ない。)、その違法性を阻却しないものと解するのが相当である。
所論は、性行為に伴う本件類似の絞頸行為は一般社会にも実在し、なお被告人と被害者との間においてもしばしば反覆されてきたが、別段生命身体に異常がなかったというが、そのような行為が本件と全く同一の態様、程度のものであったということは考えられないし、仮に同種行為によりたまたま致死の結果が発生しないことがあったとしても、本件の如き絞頸行為が、客観的に生命に対する強度の危険性をはらんでいることは否定できないので、前示社会的相当性の判断を左右するものではない。
(藤野 藤島 渡辺)